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「地域医療を守る中央シンポジウム」(10/2自治労主催)

 たまたま閲覧した記事に、銚子縁故の二人の名前がありました。
 一人は銚子市議会議員の加瀬庫蔵さん。もうお一方は梅村聡さん。加瀬くらさんは銚子ではすっかりおなじみだから、いまさら説明する必要もない。梅村さんは医師出身で大阪選出の参議院議員(民主党)。
 大阪のもんが何で銚子と縁があるかと言うと、この方の祖先が「最後の蘭医」とも呼ばれる関寛斎(せきかんさい)なの。銚子の幕末頃のことに関心のある方なら、多くの人が知ってると思います。佐倉順天堂で西洋医学を学び、その後、銚子で開業。当時のヤマサ当主だった濱口梧陵(儀兵衛)の支援を受けて、長崎でポンペの教えを受けた。江戸や銚子のコレラ対策を行ったこともある。
 関寛斎は、その後、徳島に渡ったけど、梧陵をはじめ、岩崎明岳ら銚子の豪商たちとずっと親交を結び、互いに敬愛していたらしい。まぁ、今で言ったら銚子市立総合病院から成東病院に移籍せざるを得なかった松井稔先生みたいな人かもね。移籍理由はまったく違うけど…。
 関寛斎は明治になってから徳島を出て、北海道に渡る。齢70にして新天地開拓を志すというのは驚くほかない。北海道深部の陸別で彼が作ろうとしたまちは、新時代にふさわしいある種の理想郷だったらしい。残念ながら夢を果たせぬまま自裁することになったが、陸別ではいまも、関寛斎を陸別開祖の人として称え、命日の10月15日には、陸別関寛翁顕彰会(河本哲士会長)が白里忌(はくりき)を営んでいる。
 「偉人伝心」などと言って、他人様の表面的な事績を取り上げて教育的効果を期待するどこかの脳硬直市長もいるけれど、関寛斎をはじめ、先人の徳と事績を誰より学ばなければいけないのはお前だよ、おまえ!
 浜口梧陵や岩崎明岳たちが、幕末からずっと大事にしてきた銚子の医療の歴史を無残に打ち砕き、地域住民全体の安心安全を損なった責任は、実に歴史的な重さを持つものだということを、僕らはそのキュウゥゥゥゥゥゥゥゥッと固まってしまったお前の脳みそを叩き割ってでも知らしめねばなるまいよ。
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